大きな出来事じゃないけれど、心にそっと触れた小話をひとつ。あなたの日常と重なるものがあれば嬉しいです。
自分でも、もう認めています。
私は「おばあちゃん」なのだと。
ある日の散歩。
ちょうど小学生の下校時間と重なりました。
色とりどりのランドセル。
きちんと並んで歩きながら、すれ違う大人に「こんにちは!」と元気な声で挨拶をしていく。
「えらいなぁ、今どきこんなに挨拶するんだ」と、少し感心しながら歩いていました。
その時です。
ひときわ大きな声で、
「おばあちゃん、こんにちはー!!」
思わず立ち止まりました。
反射的に周りを見渡してしまう私。
(え? 孫でもいるおばあちゃん、近くにいた?)
でも、いません。
その声は、まっすぐこちらに向けられていました。
列の中に、1000%の笑顔でこちらを見ている男の子。
疑いようもなく、私に向かっての挨拶。
……ああ、そうか。
そうだよね。
頭ではすぐに納得できるのに、心は少し追いつかない。
「そりゃあ、そうか」と思いながらも、
「おばあちゃん、か……」という言葉だけが、胸のあたりで行き場を失っていました。
不思議なもので、こういう出来事って続くんですよね。
別の日。
そろそろ新しいメガネが欲しいと思い、旦那と一緒にお店へ。
いくつか試しているうちに、水色のフレームが妙にしっくりきました。
顔色も明るく見える気がして、ちょっと嬉しくなって。
「ねぇ、これどう?」
期待半分で旦那に聞いてみたら、即答でした。
「白髪とピッタリじゃん」
……あ、そういう意味ね。
一瞬で現実に引き戻される私。
やっぱり外見は「おばあちゃん」なのよね…とモヤモヤ。
「白髪染め、しようかなぁ……」
悪気のない一言。
見たまんまの挨拶と見たまんまの意見だけど、
受け入れきれていない自分も確かにいる。
「年齢に逆らってもしょうがない」と思っていた自分が遠くに感じる。
染めるの?
染めないの?
このままでいいか?
どうでもいいことのはずなのに、
どうでもよくない。
きっとこれからも、
こんな小さな出来事に出会うたび、
少し立ち止まって、少しくよくよしてしまうのでしょう。
「ゆっくり考える」それでいいと最近は思います。
「おばあちゃん」と呼ばれて立ち止まった日も、
白髪にぴったりと言われて揺れた日も、
全部ひっくるめて、今の私の時間。
落としどころが見つからないままでも、
今日も散歩に出て、
また誰かに挨拶を返す。
そんな日常を、もう少し大事にしてみようと思います。
良かったら過去の記事:久しぶりの白髪染めでやらかした記事も読んでみてください。
今日も読んでくださり、ありがとうございました。
年齢のせいか体調の波が読めなくなってきて
食べ物や飲み物も「刺激の少ないもの」を選ぶようになりました。
